内服で簡単に!新しい腎性貧血治療薬HIF-PH阻害薬の魅力とESA製剤との違い

腎性貧血は、腎臓の機能低下によってエリスロポエチンが不足し、赤血球の生成が妨げられることで発生します。

従来、腎性貧血の治療にはエリスロポエチン製剤(ESA)を用いた注射による治療が主流でした。

しかし2019年のノーベル生理学・医学賞で酸素濃度に応じて遺伝子発現制御を行うHIF(Hypoxia-inducible factor:低酸素誘導因子)のメカニズムが解明されたことをきっかけに、HIF-PH阻害薬の開発がすすみ、近年では内服で簡単に治療できる新しい腎性貧血治療薬として注目されています。

この記事ではエリスロポエチン製剤(ESA)HIF-PH阻害薬を比較しながら、それぞれの特徴やHIF-PH阻害薬の魅力に関して解説していきます!

この記事でわかること
  • 腎性貧血とは?
  • エリスロポエチン製剤(ESA)HIF-PH阻害薬の特徴や違い
  • HIF-PH阻害薬の魅力
目次

腎性貧血とは?

腎性貧血」とは、腎臓の働きが低下して赤血球を作る能力が低下し、エリスロポエチン(EPO)の分泌が減ることによって起こる貧血です。

エリスロポエチンは腎臓の尿細管間質にある線維芽細胞様の細胞が産生しており、赤血球を作るはたらきを促進するホルモンです。

貧血には、体の鉄が不足してヘモグロビンの産生が不十分になることでおこる「鉄欠乏性貧血」がありますが、「腎性貧血」とは原因が異なり、治療方法も違います。

「腎性貧血」は鉄剤だけを補給しても改善しにくいと考えられています。

「腎性貧血」の症状としては、動悸や息切れ、めまいや立ちくらみ、全身倦怠感などがあります。

「腎性貧血」は単に貧血が起きるだけでなく、腎臓や心臓に負担をかけるため、しっかり治療を行う必要があります。

慢性腎臓病ステージ4になってくると腎性貧血の治療が必要になることが多いです。

腎性貧血に使用される薬とは?

現在、腎性貧血にはエリスロポエチン製剤(ESA)HIF-PH阻害薬の2種類の薬が使用されています。

この2種類の薬剤は、エリスロポエチンを増加させる点は同じですが、作用機序が全く異なります。

それぞれの特徴に関して見ていきましょう!

エリスロポエチン製剤

1989年に米国で遺伝子組み換え型ヒトEPO製剤(エポエチンα)が、腎性貧血の治療薬として認可を受けたのが始まりです。

この製剤は、腎臓がエリスロポエチンというホルモンを十分に生成できない場合に外部から供給することにより、赤血球の生産を促進します。

現在、日本では下記の表に示したように4種類のESA製剤が使われています。

透析されている方には血液透析(HD)後に透析回路から静脈内に投与されるのが通常ですが、透析導入前の場合は皮下注射も可能です。

エスポーエポジンは半減期が短く週3回のHD終了後に投与され、ネスプミルセラは半減期が長く、週1回または2週に1回投与されるケースが多いです。

透析導入前の保存期腎不全の方は、半減期の長いミルセラネスプが貧血の程度を診ながら月1回程度投与される場合は多いです。

成分名先発品名作用時間特徴
エポエチンαエスポー短時間週1回以上の投与
エポエチンβエポジン短時間週1回以上の投与、シリンジのみ販売
エポエチンβペゴルミルセラ長時間2週間もしくは4週間に1回投与
ダルベポエチンαネスプ長時間2週間もしくは4週間に1回投与、後発品が販売されている

HIF-PH阻害薬

HIF-PH阻害薬は、腎性貧血の治療において非常に重要な位置を占める新しい薬です。

HIFとは低酸素誘導因子(Hypoxia-Inducible Factor)の略で、体内の酸素濃度が低下したときに活性化されるタンパク質です。

HIF-PH阻害薬は、このHIFを分解するプロリーンヒドロキシラーゼ(PH)を阻害することで、HIFの安定化および活性化を促します。

この結果、エリスロポエチンの産生が増加し、赤血球の生成が促進されるのです。

これにより、内服薬としても高い効果が期待でき、腎性貧血内服薬一覧に新たな選択肢として加わりました。

一般名先発品名用法
エナロデュスタットエナロイ1日1回 食前又は就寝前
ロキサデュスタットエベレンゾ週3回
ダプロデュスタットダーブロック1日1回
バダデュスタットバフセオ1日1回
モリデュスタットナトリウムマスーレッド1日1回 食後

HIF-PH阻害薬とエリスロポエチン製剤の違いと切り替え方法

HIF-PH阻害薬エリスロポエチン製剤(ESA)のちがいに関して、作用機序以外の点も、もう少し掘り下げてみましょう!

注射薬から内服薬へ

エリスロポエチン製剤(ESA)は、腎臓がエリスロポエチンというホルモンを十分に生成できない場合に外部から供給することにより、赤血球の生産を促進します。

現在発売されているエリスロポエチン製剤(ESA)は注射薬のみのため、患者は頻繁な病院訪問が必要です。

一方、新しいHIF-PH阻害薬は、このエリスロポエチン製剤(ESA)との大きな違いとして、低酸素誘導因子(HIF)を安定化させることでエリスロポエチンの生成を促進します。

これにより、自然な形で赤血球が増加する効果が期待されます。

また、HIF-PH阻害薬は内服薬のため、通院の回数の軽減や注射する際の痛みを回避できるなどのメリットがあります。

透析を行っていない腎性貧血患者も治療を受けやすくなった

従来のエリスロポエチン製剤は注射薬だったため、患者は定期的に受診して注射を受ける必要がありました。

これが透析を行っていない患者さんにとって精神的・時間的な負担となることが少なくありませんでした。

しかし、最近登場したHIF-PH阻害薬は、内服薬のため、自宅で簡単に服用可能になり、患者は通院回数を減らすことができるだけでなく、透析を行っていない腎性貧血患者さんも治療を受けやすくなりました。

HIF-PH阻害薬エリスロポエチン製剤はどちらを選ぶ?

おもに以下の点から医師の判断によって選択されます。

  • 個々の患者の状態や嗜好
  • 通院頻度
  • 透析の有無
  • ポリファーマシーや服薬アドヒアランス
  • EPO抵抗性貧血かどうか
  • 悪性腫瘍や網膜病変の合併の有無

HIF-PH阻害薬のEPO抵抗性貧血に対する効果

腎性貧血の中にはエリスロポエチン(ESA)製剤に対して低反応性の、EPO抵抗性を有する腎性貧血も存在します。

ESA抵抗性については様々な理由が考えられますが、内因性EPOの増加だけでなく様々な貧血改善作用を持つHIF-PH阻害薬が効果を発揮する可能性があるため期待されています。

悪性腫瘍や網膜病変の合併がある場合は要注意

HIF-PH阻害薬を使用する場合は、作用機序の観点から、悪性腫瘍や網膜病変の合併がある場合、悪化する可能性が否定できないため、十分な経過観察が必要であると報告されています。

HIF-PH阻害薬エリスロポエチン製剤(ESA)の併用は可能?

「日本腎臓学会HIF-PH 阻害薬適正使用に関するrecommendation」によりますと、HIF-PH阻害薬エリスロポエチン製剤(ESA)の併用は想定されておらず、行うべきではないとされています。

エリスロポエチン製剤(ESA)からHIF-PH阻害薬の切り替えは?

ダーブロック、エベレンゾ、マスーレッドでは、エリスロポエチン製剤(ESA)からの切り替え時と未治療開始時の開始容量が異なります。

かばこ

添付文書をよく確認しよう!

これらの薬剤は、ヘモグロビン(Hb)の数値によっても投与量が異なるため、こちらも忘れずに確認が必要です!

HIF-PH阻害薬からエリスロポエチン製剤(ESA)への切り替えは?

かばこ

当院の医師から聞かれた質問なのですが…。

HIF-PH阻害薬からエリスロポエチン製剤(ESA)への切り替えの際には特に基準はありません。

ハム吉

未治療と考えて開始するのが妥当でしょう。

参考資料

  • 日本腎臓学会HIF-PH 阻害薬適正使用に関するrecommendation
  • 慢性腎臓病患者における腎性貧血治療のガイドライン2015

HIF-PH阻害薬の特徴一覧とちがい

HIF-PH阻害薬の特徴とちがいを一覧にしてまとめました。

効能・効果

腎性貧血です。

保存期慢性腎不全、透析期慢性腎不全の両方に使用することができます。

血圧やヘモグロビン(Hb)の急上昇に注意

HIF-PH阻害剤を投与中に血圧やヘモグロビン(Hb)が急上昇することがあります。

添付文書上でも、「ヘモグロビン濃度が、4週以内に2.0g/dLを超える等、急激に上昇した場合は速やかに減量又は休薬する等、適切な処置を行うこと。」との記載があります。

かばこ

血圧の目安はありませんが、前回と比較して明らかに上昇しており、150mmHg以上、他の疾患をもっている、高血圧症状があるなどの危険性を感じる場合は念のため疑義紹介したほうがよいでしょう。

ハム吉

実際に医師に確認して、2回ほど今回投与は見送りになったことがあります。

警告

血栓塞栓症に関して警告が記載されています。
HIF-PH阻害薬では血栓塞栓症が最も重要なリスクになります。

例としてエロナイ錠を以下にあげました。

本剤投与中に,脳梗塞,心筋梗塞,肺塞栓等の重篤な血栓塞栓症があらわれ,死亡に至るおそれがある。本剤の投与開始前に,脳梗塞,心筋梗塞,肺塞栓等の合併症及び既往歴の有無等を含めた血栓塞栓症のリスクを評価した上で,本剤の投与の可否を慎重に判断すること。また,本剤投与中は,患者の状態を十分に観察し,血栓塞栓症が疑われる徴候や症状の発現に注意すること。血栓塞栓症が疑われる症状があらわれた場合には,速やかに医療機関を受診するよう患者を指導すること。

エロナイ添付文書

HIF-PH阻害薬において著しくエリスロポエチン製剤(ESA)よりも血栓塞栓症が多く報告されているわけではないようです。

定期的な血液検査の必要性を訴えるために警告ではないかと考えられます。

一覧表

先発品名(成分名)エベレンゾ(ロキサデュスタット)ダーブロック(ダプロデュスタット)バフセオ(バダデュスタット)エナロイ(エナロデュスタット)マスーレッド(モリデュスタットナトリウム)
用法週3回1日1回1日1回1日1回 食前又は寝る前1日1回食後
開始用量ESAの治療の有無、Hb数値によって変動ありESAの治療の有無、Hb数値によって変動ありすべて300mgESAの治療の有無、Hb数値によって変動ありESAの治療の有無、Hb数値によって変動あり
用量8段階8段階4段階5段階8段階
相互作用・多価陽イオン含有薬剤※
・リン結合性ポリマー
・HMG-CoA還元酵素阻害薬
・プロベネシド
・CYP3A4阻害薬(クロピドグレル、トリメトプリム等)
・リファンピシン
・多価陽イオン含有薬剤
・プロベネシド
・BCRPの基質
・OAT3の基質
・多価陽イオン含有薬剤
・リン吸着薬
・多価陽イオン含有薬剤
・UGTA1阻害薬
(HIVプロテアーゼ阻害剤、チロシンキナーゼ阻害剤、トラニラスト)
主な副作用(頻度1%以上)血栓塞栓症
消化器症状
高血圧
血栓塞栓症血栓塞栓症
高血圧
下痢、悪心
血栓塞栓症
高血圧
血栓塞栓症
鉄欠乏
間質性肺炎(0.5%)
各種添付文書より作成

※多価陽イオン含有薬剤(カルシウム、鉄、マグネシウム、アルミニウム等を含有)

かばこ

相互作用に関しては、リン吸着薬多価陽イオン含有薬剤は服薬間隔を置くことが推奨されています。

ハム吉

薬価に関しては、用量調節が多いため一概には言えません。
しかし、頻繁に維持量で処方される用量を、1週間投与する前提で比較すると、大体同程度の価格になります。

参考資料

ヘモグロビン(Hb)の数値がいくつになったら開始?中止?

エリスロポエチン製剤(ESA)HIF-PH阻害剤はヘモグロビン(Hb)の数値がいくつくらいになったときの使用が推奨されているのでしょうか?

ヘモグロビン(Hb)がどのくらいまで回復したら中止することが推奨されているのでしょうか?

未治療の場合の開始目安は?

エリスロポエチン製剤(ESA製剤)等の赤血球造血刺激因子製剤で未治療の場合、開始の目安は,保存期慢性腎臓病患者及び腹膜透析患者ではヘモグロビン濃度で11g/dL未満,血液透析患者ではヘモグロビン濃度で10g/dL未満とされています。

既に赤血球造血刺激因子製剤で治療を開始している場合は、目安に関わらず開始して問題ありません。

一時中止の目安は?

「日本腎臓学会HIF-PH 阻害薬適正使用に関するrecommendation」によると、保存期慢性腎不全のターゲットヘモグロビンは11~13g/dL、透析期慢性腎不全のターゲットヘモグロビンは10~12g/dLを参考値とするとされています。

エベレンゾ錠では、添付文書上に12.5g/dLを超える場合は休止する」マスーレッド錠では、13.0g/dL以上で休薬」との文言がはっきりと記載されています。

保険者によっても判断がわかれるようですが、当院では12g/dLを上回った時点で保険で切られる可能性があるため、一時中止するようにしています。

参考資料

鉄補充はどうすることは望ましい?

HIF-PH阻害薬鉄剤は併用できるのでしょうか?併用した方がよいのでしょうか?

「日本腎臓学会HIF-PH 阻害薬適正使用に関するrecommendation」を参考に、詳しく見ていきましょう!

鉄は十分に補充されているべき

添付文書には、「造血には鉄が必要なことから、必要に応じて鉄の補充を行うこと。」との記載があります。

また、「日本腎臓学会HIF-PH 阻害薬適正使用に関するrecommendation」では、HIF-PH阻害薬投与において、鉄が十分に補充されていることが肝心であるとされています。

十分かどうかは、貯蔵鉄の指標となりうるフェリチンと循環している鉄の指標となるトランスフェリン(TSAT)の両者で判断すべきとしています。

鉄欠乏が血栓症と関連するとの報告もあり、血栓症を防ぐためにも、十分な鉄の補充が推奨されています。

HIF活性化による鉄吸収の促進

HIFは腸管での鉄吸収に関与する遺伝子の転写も促進します。

さらに、体内での鉄輸送を担うトランスフェリン(TSAT)の産生やトランスフェリン受容体の産生に関わる遺伝子の転写も促進します。

そのため、HIF-PH阻害薬鉄剤の併用によりHIFが活性化されることで体内の鉄吸収や鉄輸送が促進され、より腎性貧血の改善を促進することが期待されています。

参考資料

  • 日本腎臓学会HIF-PH 阻害薬適正使用に関するrecommendation
  • 慢性腎臓病患者における腎性貧血治療のガイドライン2015

鉄剤に関する記事はこちら

おわりに

私の勤務先で頻繁にエリスロポエチン製剤(ESA)HIF-PH阻害薬が処方されるのですが、違いが整理できておらず、監査の不十分さを感じていたため、徹底的に調べてまとめました。

これらの薬剤の頭の中の整理が、同じように混沌としている方の助けになれば幸いです。

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